
セクシーな
口元のホクロ・・・
ではなく、かろうじて
アリクイから逃れたアリでした。

魔法が使えたら・・
そう思うことが誰にもあります。
人は魔法を使えるのです。
ただし、自分にではなく他の人に。
つらく悲しんでいる人に
やさしい言葉をかける
迷惑をかけてしまった人を
ゆるし、なぐさめる
愛を求めている人に
愛をあたえる
人にできることばかりです。
相手の人にとっては
一瞬にして心が変わる
魔法のようなできごとです。
魔法で、世界を変える。
戦争をなくし、
餓えや、イジメの無い世の中になれ・・
多くの人が魔法を使えばできることなのです。
でも、人はなかなか他人には魔法を使いません。
人を不幸にする魔法を使う人はいるのに。
人を幸せにする魔法はなかなか使いません。
となると、人はもともと
悪魔なのでしょうか?
悪い魔法ばかりを
すぐに使いたがる人というものは
悪魔でしょうか?
そうともいえないのです。
なぜなら、人は人が幸せになることを
願っているのですから。
願っていなくても、想像はできる。
悪魔なら、人の幸せを想像さえしないでしょう。
もっと、人は魔法を使うべきです。
魔法の安売り、叩き売り、
在庫一掃セールをするべきです。
どうか、私にあの方が愛の魔法を
与えてくださいますように・・
えっ?私?
私はガンガン魔法を使いますよ。
どんな人にたいしても、どんな事にたいしても・・
ええ、あの方の愛がもらえるなら・・
ここが、問題なのですね。
<支配人>
梅雨ということばが
ちらほら出てくる季節。
つゆは露とも書きます。
この場合、空気中の水蒸気が
草木に水滴になってあらわれた状態のことを
いいます。
梅雨の季節が終わり
本格的な夏がはじまると
衣替えもほぼおわり
薄着の季節の始まりでもあります。
つまり露出が多くなってくる季節です。
だから、つゆをでると書いて
露出なのです。
妄想でございます。
雨の日は、外出しても
髪や衣服がぬれて気持ち悪く
室内にいても
ジメッとした空気が
ベタついて心がどんよりします。
めぐみの雨に対して
悪いことばかり言うと
バチが当たってしまいます。
せめて、
雨にぬれた女性のきれいな髪や
ホコリが洗い流されて
あざやかな緑になった木々をながめて
前向きな気持ちで
梅雨を迎えたいと思います。
<支配人>

古い記憶をひきだすきっかけに
ニオイがあります。
昔の写真を見たとき
思い出の音楽を聴いたとき
懐かしい味が復活したとき
いろいろな感覚をとおして
過去の記憶がよみがえるのですが
ニオイによる記憶のもどり方は
独特で、しかもインパクトが大きい・・
そんな気がします。
予期せずもどってくる記憶や
忘れていた記憶など
良い悪いでもなく
人生の重要な記憶というのでもなく
とうとつによみがえります。
それも、瞬時にして、
その時の空気感のようなものが
言葉にできない感覚として
もどってきます。
古本屋で見つけた
古いプレーボーイ誌を開いたとき
頭の中にひろがる
思春期の気分
思春期の部屋
ああ、なんて切なく
甘酸っぱいものなのでしょう。
街ですれちがう女性から
ただようなつかしい体臭・・
瞬時によみがえるあのときの
彼女の笑顔
彼女の後姿
ああ、・・つらい
でも・・消えないでおくれ・・・
こんなすばらしい感覚を
人間はもっているのに・・・
いきすぎた消臭剤の普及は
罪です。
多少不快なニオイも
マニアックなニオイも
消してしまうには
あまりにももったいない
記憶の断片なのですから。
このままでは、
人が第六感を失った
悲劇の二の舞がおこるかもしれません。
<支配人>

集中!集中!
スポーツなどでよく言われます。
チームワークが大切な
スポーツにとって、
勝利にむかって心を一つにすることが
とても重要になってきます。
仕事もそうでしょう。
一つのプロジェクトを
チームで達成しようとするとき
やはり、全員の気持ちが
一つに集中することが大切です。
これは、科学的に証明されてることではないですが、
人の経験からゆるぎない事象となっています。
心の集中はいろいろな局面でみられます。
悲しみの集中は
それによって、
魂の浄化がはかられているのです。
喜びの集中は
それによって、
魂に人の生を動機づけているのです。
能動的にしろ
受動的にしろ
同じ気持ちの人があつまる機会が
人の人生にいくどとなく
おとづれるのは
それだけ魂と人のかんけいが
大切であることの
あらわれなのです。
もっとも
私のように単純な人間の場合
女性に対して
集中しすぎると
うっとおしがられ、
集中していないと
ひっぱたかれます。
この場合の集中は
心が一つになっていない集中なのでしょう。
<支配人>
モノマネはパロディです。
有名人のモノマネをしても
よっぽどバカにしてないかぎり
怒られることはないようです。
マネされる本人にも
話題性がひろがっって
なにかとメリットがあるのです。
これが、人ではなく物や、作品という
人の作ったものになると、
パロディだとしても
怒られるか、お金を要求されます。
映像作品、音楽、商品、キャラクター・・・
もとの作品が指示されているからこその
パロディなのですから、
もう少し、優しくしてほしいものです。
アジアのとある国の遊園地を
D社も一緒に笑っているくらいであれば、
世の中ももっと平和でいられる。
そんな気がいたします。
大昔から、
面白い話や、いい話は、人から人につたわり、
形をかえ、さらにおもしろくなって
伝道入りするものです。
確かに、最初に作った人は
それなりに敬意をはらわれるべきです。
でも、しめつけや、だしおしみは
よくありません。
せっかくいいものつくって
人々の心を豊かにしても
それを囲いこみ、守りすぎることは
人々の心を貧しくします。
権利の保護・・・
いちど世の中に公開した以上
それはもう世の人々によって
育てられるべきものなのです。
人も・・・
親だけでは
ちゃんと育たないのですから・・
<支配人>

新緑のまぶしい季節です。
なにもこんな日に、雨にならなくても・・
こんなときに限って、雨・・
と、天気の悪い日をうらむことが多いですが、
天気のいいことを、せつなく感じることもあります。
外はこんなにいい天気なのに・・・
今日に限って、どうしてこんなに晴れわたるのだろう・・
人の暮らしの中で起きる様々なことに
自然はそうそうつき合ってくれません。
人の感情とはかんけいなく
日々は過ぎてゆき
季節はかわってゆきます。
でも、だからこそ
ひとは気持ちを切りかえて
また、まえに進んでゆけるのでしょう。
先週
またゴブリンがでたようですね。
世の中に、悲しいことが起こって
ゴブリンも何かを感じたのでしょう。
みんなゆれているのですね。
<支配人>
重力加速度
”メートル毎秒毎秒”という単位が
面白くて覚えているのですが、
張本がセカンドをまわってからの
走るスピードを想像すればわかる
という、単純なせつめいが
また、おもしろいのです。
若い方には???でしょう。
加速というのは
べつに物質的なものだけでは
ありません。
精神的な加速は
いろいろな場面でみられるものです。
ものごとの反応の速さにたいする
欲求の加速が問題です。
たとえば、
新聞、ラジオ、テレビと
情報を欲する速度が加速し
コンピューターによって
さらに加速しております。
キレやすいなどという現象も
この欲求の加速が
自分でコントロールできないところまで
来てしまっているからなのです。
自動車レースのコースに
シケインがあるように
張本のゆくえに直角に曲がる
サードベースがあるように
欲求の加速にもブレーキをかける”モノ”
が、必要なのです。
その”モノ”はなんなのか?
答えはあなたのみが知っているはずです。
ちなみに
私の場合は・・
マスターベーションでしょうか?
思いどおりにHさせてくれない彼女に
キレるまえに、一息ぬいておく
ということでございます。
<支配人>
人の脳がちょっとしか使われていない。
数%〜30%ぐらいしか・・
日常生活では、そのぐらいらしいです。
一つの説ではありますが、
残りはなんのため?
と考えると、ワクワクします。
人類はゆっくりと
じょじょに進化してきたわけではなく
ある時期、急激に
二本の足で歩き出したり
道具を使いだしたり、
言葉を使いだしたり、
とつぜん進化の折れ線グラフが上がったようです。
そう考えると
脳の残りの部分を使う
劇的な進化をするときが
突然おとずれるのかもしれません。
日本の足で歩きだす前も
道具を使いだす前も
言葉を話しだす前も
そんなことは、
思ってもみなかったことなので、
次の進化も
今は想像もつかないことかもしれません。
逆に人は
頭の中で創造したことを
ちゃくじつに現実のものとして
発明、開発もしてきました。
空を飛んだり、
遠くのできごとを映像としてみたり
病気を治したり。
もし劇的な進化があるとしたら
もっととほうもないことなのでしょうか?
テレパシー
テレポーテーション
タイムトラベル
夢みた超能力が現実になることよりも
とほうもないこと・・・
とほうもないこととは、
価値観の転換なのかもしれません。
たとえば死ぬことが
怖いことではなくなるとか
宇宙のにんしきが
180度かわるとか・・・
男と女の価値観が
180度かわったら・・
今のスケベな楽しみが無くのるのは
さびしい気もいたします。
進化かスケベか・・
進化前の私にとっては
大きな問題でございます。
<支配人>
精神てきに疲れているから
肉体がだるいのか
肉体てきに弱っているから
精神がすいじゃくするのか
ニワトリが先か
卵が先かでございます。
精神てきに弱っているとき
肉体のけんぜん化をしようとしても
体が動きません。
肉体てきにまいっているとき
精神をきたえようとしても
長つづきしません。
そんなときは
休むしかありません。
何も考えず
何もしない。
ただ、寝て
起きて、食べて、
また、寝る。
無理やりでも
一定の時間
これをくりかえしましょう。
やがて、
何もしないことに
あきて、疲れてきたら
誰かと話しましょう。
元気な精神と
軽い肉体がそこに
あることに気づくでしょう。
たてないからって
あせってはだめです。
まずは休みましょう。
そうすれば、
もう一度
素敵な人のまえで
立ちあがれるのですから。
<支配人>
季節のかわりめでございます。
最近は季節のかわりめといっても、
みょうな気候がつづく日が多くて
どこからどこまでが、かわりめなのか
判断がむずかしくなってきています。
もうすっかり春ですね〜
といっても、冬のように寒い日が
もどったりします。
これから、つゆの季節ですが、
このつゆこそ、ここのところ
まったくわからなくなっています。
なんだか、雨の日が多いようだけど・・
台風なのか、春雨なのか、
これって、夕立?
あれって、つゆだったの?
みたいに・・
地球きぼの異常気象のせいなのか・・
ゆっくりと、でも、ちゃくじつに
私たちの環境は、変化しているようです。
季節のかわりめに、ジャバ様が風邪をひきました。
ふだん、超人てきな行動力と体力の方が、
季節のかわりめなどという理由で
風邪をひいたりすると、
昔ながらの変わらぬことのようであり、
異常なことのようであり、
ふくざつなじょうきょうでございます。
今年の衣替えは、
皆様、ぜひ、しんちょうに・・
流行のさきどりは
昨今、身体にどくかもしれません。
<支配人>
あのとき、同じ花を見て
美しいといった二人の
心と心は〜♪
共感というものを求めるのは
人間だけで、ほかの動物には
見られないしゅうせいらしいです。
笑うということが、人間の特徴として
よくいわれますが、動物も子供の頃には
笑うようです。
ただし、心からおかしくて笑う場合だけで、
あいそ笑いはないようです。
あいそ笑いは、共感だからです。
ここは、笑っておかなきゃまずいだろう?
といった、じょうきょうは、
人間だけに起こることなのです。
なぜ、人間は共感を求めるのか?
それは、人間は一人では生きていけないからです。
そして、それは、自分の子供ではない子供も
育てられるということにつながっていくのです。
人間が生命体として種族の生き残りを考えたとき
あみだしたわざなのかもしれません。
女性のあいそ笑いは男性よりうわてです。
職場における部下のあいそ笑いは
男性社員より、女性社員のほうが
たしかに真にせまるものがあります。
それも、男性より力の弱い女性ならではの
生きのこる術かもしれません。
恋人や、夫婦になったふたり。
あなたのお相手の笑顔はどこまで
本当の笑顔なのか?
男性の笑顔は、女性にはばれていても
女性の笑顔は、男性にはわからないまま・・
女性に人気、とされている方は
くれぐれも、ここのところ、
キモにめいじておいたほうが
よさそうでございます。
<支配人>

おしゃべりは損です。
なぜなら、おしゃべりをしている間
人の話を聞けないからです。
人の話を聞けないと
相手の気持ちもわかりません。
自分の知らないことを知る
チャンスも、のがします。
相手に自分の情報を出すばかりで
どんどん不利になります。
話し方のくせや、話の内容、
話の組み立て方など、
まずいところをみられると
そのたびに、相手は心の中で
にやりと笑うのです。
言いたいことは、、
ちゃんと言わないと
伝わらないじゃないか!
と考えていますね?
それは違います。
言いたいことを、わかってくれる人は、
言わなくてもわかってくれる人で、
言いたいことを、わかってくれない人は
言ってもわからない人なのです。
言ってもわからない人は、
きっとおしゃべりな人で、
人の話を聞かない人だからです。
なんで、そんなにはっきりと
言えるかと言うと
私、おしゃべりだからです。
よく話を聞いてうなずいてくれる女性に
調子に乗って、しゃべりまくっていると、
最後には、ほんしつをつかれて、
ふられてしまいます。
わかっちゃいるのに、
やめられない!
で、ございます。
<支配人>
今日もコロッケ〜♪
明日もコロッケ〜♪
という歌が、むかし、流行ったと
幼少のころ聞いた事があったのですが、
その頃にコロッケは安くて美味しい
しょみんの味だったので、
お金がなくて、ご飯のおかずは
コロッケばかりとなげく
歌なのだと思っていました。
ところが、この歌の作られた時代
コロッケは高級な洋食で
金持ちのおじょうさんを
お嫁さんにもらったはいいが、
毎日、コロッケばかりが出てきて
こまったという歌だったそうです。
時代がかわると、
モノの価値はかわります。
その時代、人気がある物は
生産者もたくさん作れるように
くふうするので、だんだん安くなります。
世にでた頃にくらべると
車もパソコンも安くなりました。
その逆に、人気がなくなれば
品数もへって
昔にくらべて高くなります。
ビンテージや、レトロと
呼ばれだすと高くなります。
人気やじゅようがへったわけではないのに
どんどん高くなるものもあります。
昔はただどうぜんだった
美味しい水や空気は高くなりました。
高級だったものが安く手に入るようになるにつれ
ただで手に入っていたものも少なくなる。
宇宙のバランスは
つねに、いっていにたもたれています。
いい女、いい男がへった分は
どこが増えているのでしょうか・・・
<支配人>
最近近くのものが見えないのよねぇ〜。
でも老眼じゃないわっ!
そういえば女は肌で感じるけど
男は観て感じるのよね?
目が悪くなるとあっちも弱くなるのかしら・・・?
ジャバ
以前、当劇場の「掃き犬」の話をしましたが、
皆様のご家庭の愛犬同様に
掃き犬も添い寝が好きでございます。
一通り、劇場の清掃活動が終わって
開場までのまったりとした時間に、
のそのそと私の隣に来ては
ペタッっと身体をくっつけて昼寝に入ります。
添い寝の相手の優先順位があるようで、
普段は私が一番劇場にいる時間が長いので
私の所で添い寝をすることが多いのですが、
たまにジャバ様が顔を出されると
ジャバ様のいる間はそのそばを離れません。
また、私が何かと動き回っていて
落ち着かない時は、
キャットウォークのところにいっているようです。
いつも音楽をかけながら騒がしく歌っている
キャットウォークも、掃き犬がいる時は
静かに出来る作業に切り替えて
時々、背中をなでてやっているようです。
シドとは添い寝と言うより
時々、なにやら話し込んでいるようなのですが、
耳に聞こえるような言語を発しているわけではないので、
何を話しているのか私にはわかりません。
でも、小躍りして戻ってくる掃き犬をみると
きっと楽しいことを話していたのでしょう。
ダイヤモンドには寄り付きません。
以前、彼に自分のおやつを取られた事を
忘れないのです。
添い寝と言うのは気持ちいいもので、
誰かにくっついて眠ると
安心するものです。
性的な欲求とは別に
人肌が恋しいということがあるのです。
でも、安心して眠りについてしばらくすると
その体温が暑くなり、また固まった体勢に
不自由を感じるようになり、
朝までくっついていることは
なかなか出来ないのですが。
掃き犬もそのようで、
しばらくすると
ふっと離れた所で
一人だらんと寝そべっております。
誰も相手をしてくれない夜、
私も無理やりはき犬を自分のベッドに
連れ込むのですが、
自分の意思ではないときには嫌らしく
抱きかかえた腕の力をちょっと緩めたすきに
飛び出していってしまいます。
追えば逃げる、逃げれば追われる。
恋も添い寝もままならないものでございます。
<支配人>
いい気候になってまいりました。
もちろん気温が上がって
爽やかな心地よさもあるのですが、
何よりも女性の服装が
軽やかになることが
一番、心はずむことなのです。
これも季節の風物詩でございます。
繁華街などに繰り出す
若い女性の季節感のない
へそ出しや、下着見せのローライズ、
見せるブラのキャミや、
ラインのくっきり現れるチビT・・・
結構でございます。
結構でございますが、
これ見よがしに露出されるものには
少々萌えにくいものでございます。
ストリップショーでも、
脱いでいくことに意味があるのであって
最初から真っ裸で登場では
趣もございませんから・・・
で、この季節の何がいいかと申しますと
女性の方の心理状態をよく表わした服装・・
「暑いから半袖にしたいけど、日焼けが気になるから・・」
「袖なしにしたいけど、にの腕が出るのは嫌だから・・」
「ミニスカートをはきたいけど足を出すのは恥ずかしい・・」
「体のラインがはっきり出てしまうから、もう一枚上に着なくちゃ・・」
実用的にはなるべく生地の少ない衣服で
涼しく外出したいけれど、
色々な事情で露出を避けなければならない方々・・
そんな方々は、自然と薄い生地の衣服を選ぶようになり
それでも暑いから、ボタンを1つ2つ余計に開ける様にもなります。
儚さといいますか、
危うさといいますか・・
若さにまかせた強烈な自身をもって露出する服装と違い
奥ゆかしさにあふれた薄着なのでございます。
風にそよぐ膝丈のスカート
少し大きめに開けられたブラウスの胸元
光の加減で見え隠れする薄地の下のライン・・・
ありがとうございます。
青年よ、書を捨て街に出よ・・
この道を行けばわかるさ・・・
さすれば、見えてくるものがある
初夏の気候に感謝でございます。
<支配人>
マグロの目玉を頂きまして・・
デカイのです。
中型バイクのヘッドライトぐらいあります。
DHAが豊富で
呆け防止や脳の活性化に良いらしいです。
グロイのです。
見た目はバイオハザードの世界です。
コラーゲンもたっぷりで
お肌にも最高にいいらしいです。
冷凍庫を開けるたびに
怪しい研究室の倉庫を空けた気分になります。
でも、身体に良くて
味も絶品らしいのです。
早めに調理して、
原型を忘れる形に施したら
そっと頂こうと思っております。
マグロの尻尾の輪切りも頂きまして・・
鍋にすると絶品らしいです。
「セル」と言う映画を思い出しました。
今回は妄想癖を遮断して
脳の回転を止め
脳にいい物をいただくことにいたしましょう。
<支配人>
メトロポリタンの西方にある
大きなピースパーク。
多くの家族連れでごったがえす中
一組のカップルが目に付きました。
今時珍しい爽やかカップルは、
キャッチボールをしていました。
二人座るといっぱいになってしまう
小さなピクニックシートに寄り添っている時
ほのぼのとした空気が流れておりました。
日頃街中で、見かけるチャラチャラしている
若いカップルとは違い
好意的に眺めていた人も多いのではないでしょうか。
確かに女の子もかわいい娘で、
男の子も爽やかな美少年でした。
でもなぜ、印象深かったのでしょう?
なぜ、他のデート場所を選ばなかったのか?
なぜ、キャッチボールなのか?
なぜ、抱き合ってイチャイチャしないのか?
「今時の若者」のイメージと
逆の行動形態に好意的以外の想像ができますでしょうか?
純な恋愛・・・
初恋のときめき・・
そんな感情から遠くに来てしまった大人達にとって
憧れるには切なすぎる
懐かしむには悲しすぎる
そんな、嫉妬にも似た感情が沸いたのかもしれません。
他の客より一足早くパークを後にした二人。
その後姿を見送りながら
「これからどこに行くのかなぁ〜?」と
ゲスなかんぐりをして
自分を慰めていたのでございます。
<支配人>
こどもの日
お子様のいらっしゃる方にとっては
毎日がこどもの日みたいなもので、
今更こどもの日と言われても・・・
子供にとっても
取り立てて誕生日やクリスマスより
ありがたい日でもないようです。
それでも、
ちまたの公園や施設などが
こどもの日だけは子供の料金が
安くなったり、無料になったりします。
それにつられて、
わざわざ出かけて行っても
付き添いの大人料金は払うことになるのです。
この世界、
消費の伴わないサービスはないもので、
昔から申しますように
「ただより高いものはなし」
でございます。
大人の日などと言うものがあれば
大人の行きたい場所に子供を
連れて行く必要もないので
余計な出費を節約できるでしょう。
大人の日
これも考えようによっては
毎日が大人の日のようでもありますが、
特別に祝日として指定されたりすると
色々とまた、妄想が広がります。
行政はどんなサービスをこの日にしてくれるのでしょう?
大人の日は
大人のおもちゃで
大人の時間を
大人らしく
過ごしていただきます。
そんな大人の日が祝日になるような世界・・
きっと平和な世の中でございましょう。
ちなみに、当劇場・・
大人の劇場でございます。
<支配人>
五感
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚
この5つで人は物事を把握します。
これだけ感覚があるということは
本来、この五感を全て駆使してこそ
人は人なりの正確な認識が出来るはずです。
人と出会えば
その人の見ため、匂い、味、触りごごち
そして、その人から発せられる言葉や物音
によって、その人がどういう人かを判断するわけです。
とはいっても、なかなか触り心地を
確かめるのは、よほど親しくなければ出来ませんし
味となるとなおさらです。
したがって、大抵の場合、
見ためと、言葉で判断し、時折、
匂いによる情報もあったりするわけです。
直接会った人でさえ、完璧な情報は得られていないので
まして、メディアを通じて得た情報は
視覚や聴覚のみの場合も多く
本当の事を認識したと思ったり
あるいわ伝えたつもりになっているのは
大間違いなのです。
五感のうち、どこを通して得られた情報にせよ
最終的には、脳で整理整頓されるので、
足りない情報は、脳に蓄積された
過去の経験値によって補われるわけです。
逆に言えば、その経験値なり知識なりで
いかようにも補足をすることが出来るわけで、
いいようにも悪いようにも認識を操作できてしまうのです。
当劇場の出し物は
聴覚のみにうったえるものと
視覚のみに訴えるものだけでございます。
それ以上の情報の補足は
皆様の脳の中、まさに妄想次第なのでございます。
良くも悪くも
面白くもつまらなくも
でございます。
よろしくお願いいたします。
将来、より高度な技術が開発され
当劇場の出し物も
皆様に味わってもらったり
触ってもらったり
あるいは匂ってもらったり出来る日が来れば
それはそれで、また創作の妄想が広がることでしょう。
今宵もあなたに良い妄想がありますように・・・
<支配人>
昔から
偉い人が苦手でございます。
偉い人といっても様々。
学校の偉い人、会社の偉い人
有名で偉い人、お金持ちで偉い人・・
とにかく、色々なジャンルにおいて
周りの人が一目置くような偉い人が
苦手です。
偉い人にある独特のオーラとか
偉い人の取り巻きが苦手とか
その原因は、
偉い人側にあるのではなく
自分にあるのでしょう。
偉い人に会うと
萎縮してしまい
上っ面の付き合いをしてしまう・・
そんな小心者の自分のせいなのでしょう。
長く生きておりますと
居場所が変わったりして
久しぶりにおとづれる場所
久しぶりに会う場所などが増えてきます。
そんな時、声をかけてくれる人が
いる事はとても嬉しいことです。
当然、上っ面の付き合いしか出来なかったような方からは
忘れ去られているので
偉い人に声をかけられることはありません。
でも、声をかけてもらえる人がいるのは
幸せな気分になり、また、
勇気をもらえます。
これからもきっと小心者の私は、
偉い人には縁がないのでしょうが、
声をかけてくれる人がいる限り
また、がんばろうと思えてくるのでございます。
<支配人>