雨の日は嫌いなのよっ!
お洒落も出来ないし・・・。
景色も見れないし・・・。
外に出るのも嫌になる!
でも雨が上がった後って、とっても〜、とっても〜
空気が澄んでいるような気がして
大好き!
世の中良いことばかりじゃ分らなくなっちゃう。
嫌なこともあるから、良いことが引き立つのよね!
ジャバ


雨の日に来られたお客様。
トレンチコートにシルクハット
傘もささずに歩いてきたと思われる
その男性はうつむき加減で
劇場の椅子に腰をおろしました。
上映中も顔を上げることもなく
演目を観ているのか、聴いているのか・・
ときどきくちもとに
笑みのこぼれるところをみると
お芝居は楽しんでいただいているようでした。
少々ぬれたままのお客様が
そのまま座られても
ネコ足椅子がくふうして
しばらくすれば湿気も取れ
快適に座っていただいたことと
おもいます。
このお客様は一人で観劇をお望みでした。
ネコ足椅子はそのことにも気付き
静かに周りを淡い光で包んだのでした。
実際、劇場には他のお客さんもいらしたのですが、
きっとそのお客さんには、自分だけが
劇場にいると感じられたはずです。
演目が終わり、そのお客様が立ち上がるとき
ネコ足椅子のひじかけを優しくなでていたので
喜んでくださったのだろうと思います。
雨の日に傘もささずに劇場に一人で来られるかたは
一人になりたかっただけなのかもしれません。
でも、観劇を終えて、なにかがかわって
お客様が優しい気持ちで帰ることが出来れば
われわれにとって
それが一番の喜びでもあるのです。
ちなみに、
ネコ足椅子はその状況によって
お客様の空間を操ることが出来ます。
一人になりたいかたは一人に
二人きりなりたいお客様は二人だけの世界に。
たまに、お客様の意に反して一人になっていただく
場合もございます。
騒がれて、他のお客様のご迷惑になる場合です。
あまりうるさい方はほっぽり出してしまう時も・・
パイロットの脱出シートのように。
<支配人>
今時のKY。
空気を読むという言葉のほかに
空気にのまれる
空気に流される
などという言い方もあります。
その場の雰囲気にのまれて
我を失ってしまったり
本意ではないことに同意したり
パニックにおちいるなんてことも
いわゆる空気にのまれて起こること
なのでしょう。
空気にのまれたり流されたりするのも
無意識に空気を読んでいるから
起こることで
そこらへんも鈍感な人は
パニックにもなりにくいという
ことなのでしょうか。
あまりにも空気を読みすぎるせいで
物事に消極的になりすぎたり
決断力が鈍ったりすることもあり
反対の鈍感力なる言葉さえ
もてはやされているようです。
空気を読みすぎても
空気にのまれても
女性にはモテませんが
鈍感な人は
意外にモテたりします。
♪なぜ〜つきあった日から
半年すぎても〜あなたって〜
手もにぎらない〜♪
でもついてゆきたい!って
いわれてますし・・・・
空気は空気。
空気はすうものです。
新鮮な美味しい空気を
二人ですっていれば
お互いの心の探りあいなんて
無駄なことをしないですむ
そんな気がいたします。
<支配人>
「ハードル上がっちゃったな〜」
「ハードルあげんなよ!」
などと言うことを、
最近、よく聞きます。
課題にたいしての合格点的な
基準をさしていうのですが、
「お笑い」で使うことが多いようです。
ハードルはときをへて
個人の才能で上がることも
技術革新で上がることも
環境の変化で上がることもあります。
無声映画の時代からトーキーに
変わった時代に技術的におきた変化。
チャップリンのパントマイム的な笑いから
しゃべりの笑いへ。
台本中心からアドリブ中心への
エンターテイメント環境の変化。
ドリフからひょうきん族の笑いへ。
コンピューターを中心とした
情報環境のグローバルな変化。
国内のインサイドジョーク的なものから
ワールドワイドな共通認識の笑いへ。
しかし、実のところ、
これらの変化が、笑いのハードルを
たえず上げてきたとは
一概に言えず、
下げた、または、ならしたとも
考えられます。
いえることは、
時代の流れに適した笑いが需要を増やす
ということで、
それ自体の笑いの基準が高いかどうかではありません。
「オッパッピー」の動き方が
チャップリンの動きと比べて面白いのかつまらないのか・・
「グーグー」の言葉の響きが
谷啓の「がちょ〜ん」と比べて
面白いのかつまらないのか・・・
時代背景で変わっただけなのです。
これは笑いだけのことではなく
仕事や恋愛すべてに通じることです。
「ハードルが上がる」は
そのときの流れに乗っているかどうか?
ということなのです。
営業成績を上げるために
今の流行の営業方法を実践しているか?
彼女を作るために
今の流行のファッションをしているか?
世の中と折り合いをつけて生きていくために、
必要なのは、それだけのことなのです。
さぁ、今日も
パワーポイントで作った企画書をもって
髪型とまゆ毛をイケメン風にセットして
元気に、街に出ていきましょう。
それだけで
ハードルは飛び越えているのですから・・・
<支配人>
先日、シドが
セーラームーンになっていたので
遊園地の営業でも行ったのかと思ったら
ゴブリンにねだられて
そんな姿になっていたようです。
シドは見る人によって
見え方の違う女優さんですが
セーラームーンのように
はっきりとしたキャラクターに見えているときは
楽屋の鏡で着がえをしています。
ただ、本人のイメージで着がえる鏡なので
そこの所がはっきりとしていないと
むずかしい鏡でもあります。
あの日のシドは
一見するとセーラームーンなのですが、
よくみると
髪型がセーラービーナス
顔がセーラームーン
服装がセーラージュピターでした。
まぁ、本人のイメージが
アバウトだったのでしょう。
えっ?
なぜそんなに詳しいのか?
セーラームーンに?
いいえ、決してロリではありません。私・・
まぁ、正確にもうしますと
ロリータコンプレックスというのは
ロリにしか萌えないわけでございまして、
私の場合、若年熟年問わず
それぞれ、ケースバイケースで萌えがありまして
つまりその・・オールラウンド的に・・
ええ、そうです・・全て好きだから・・
その・・ロリではないのです。
セーラームーンに詳しかったのは
たまたまでございます。
さいきん、若者のアニメ愛好文化の研究をしておりまして
ええ、それだけのことなんです。
ちなみに、ゴブリンはロリではありません。
まぁ、しいていえば・・
ゴブリン自身がロリですから・・
今度シドにリクエストしましょう。
柊鏡コスを。
いえ、ロリではございません!
ツンデレです!
<支配人>
美しい花にはとげがあると
バラの花にたとえて
美人を表現します。
えてして、美しい女性は
その裏に怖い一面がある
ということなのでしょう。
性格がめちゃくちゃ悪い
詐欺師だった
怖いお兄さんがついている
脱ぐと男だった
貧乏神である
男の落とし穴がいくつも考えられるのです。
しかし!!
しかしながらですよ!
残念なことに、男はその美しさに勝てないのです!
その圧倒的な美を前にして
とげのあることなど
眼に見えないのです!
美しい女性をまえにしたとき
自分の股間からわきあがってくる
湯気で目のまえが曇ってしまうのか?
高鳴る胸のこどうで
言葉のウラにひそむ悪魔のささやきが
聞こえなくなってしまうのか?
くもの巣にからめとられた小虫のように
もはや身動きができなくなってしまうのです。
恐るべし美人!
おそるべしカワイイ女!
今宵もまた、街のあちこちにはられた
美人という名のトラップに
まんまとひっかかっているオスが
世界中にあふれております。
同士よ!
花をつみとるときは
軍手をすることを
そろそろ覚えようではないですか!
<支配人>
”萌え”ということばは、
たしか、美少女ゲームのキャラに
その起源があると記憶します。
この言葉も、より一般化するにあたり
つかい方が広範囲になってくるため
萌えの定義などで物議をかもしたりもします。
オタクは定義することが大好きなのです。
オタクに限らず男は・・といってもいいでしょう。
いずれにしても
ある種の女性、または女性のしぐさなどを
好意的に表現したもので
この男性による本能的な感情の言葉遊びは
今に始まったことではありません。
小またの切れ上がった
いかした
小粋な
飛んでる
キュート
女性をたたえる形容の言葉は
時代によって様々、
どんどん生まれるのです。
そして、より限定され
マニアックな表現で
まとを得た言葉こそ
盛り上がってしまうものなのでしょう。
いまや、ギャル文化にのって
世界的な共通語にひろがりつつある
”カワイイ”という言葉も
本来、男が女性に対して
一番多用していた言葉なのです。
創造し、定義するのも好きなら
一般化され、飽きてしまうのも
男性の本能です。
そろそろ、”萌え”も
頭打ちの感が出てきました。
次はどんな言葉が出てくるのやら・・
こんなところにも未来の希望がありました。
<支配人>
当劇場の出し物もときどき手がけてくれる
つくり屋さんという方々がいます。
まぁ、わかりやすくいうと作家さんです。
二人の女性なんですが
身体は小さくて、
350ミリペットボトルで、
かくれんぼが出来るくらいです。
年齢は不明で、
ときとして幼女のように見えたり
高齢のお年寄りに見えたり
様々です。
名前は、ピーさんとポーさんです。
ピーさんはおもににお話を
ポーさんはおもに絵を作ります。
ですが、ピーさんが絵をかくときも
ポーさんがお話しを作り時もあるようで
はっきりとはくべつしていないようです。
お二人はたまに
楽屋のほうに現れては
なにやら長々と話をしております。
彼女達にいわせると
打ち合わせらしいのですが
私が楽屋入り口で耳にする会話は
「この季節のあの花の色合いがすばらしいよね?」
「そうね〜あたし大好き!」
「昨日私食べ過ぎちゃった〜」
「大丈夫だよ1日ぐらい〜、私なんか・・」
などと、とりとめのない会話をえんえん・・・
そして、ずいぶん長い間
彼女たちのいうところの打ち合わせをしているな〜
と思っても、彼女達の時間はたいして進んでいないようで
ケロッとしています。
どうやら、時間の進み方が
普通の方とは違うようです。
内容のないような会話
進み方のちがう時間
そんなことが
摩訶不思議なお話を作り出す秘訣なのかもしれません。
<支配人>
へいそく感と言う言葉を
最近よく耳にします。
以前はあまり聞かれなかった
抽象的な感覚の言葉です。
映画などでもブームになった
昭和30年代と今
何が違っていて
へいそく感を生むのでしょう。
衣食住で考えて見ますと、
30年代の衣・・・
ビートルズに代表されるロックの開花
それにつづくヒッピー文化などで、
それまでの、かたくるしい服装文化が解放され
無限のかのうせいを感じていました。
今の衣・・・
多様化と中性化が進み
ファッションの周期的なブーム感はあるものの
新しい価値観も模索されている。
とはいっても、環境問題の影もちらつく。
30年代の食・・
海外からの新しい食文化の流入や
インスタント食品や冷凍食品の開発で
希望あふれる食生活の未来を感じていた。
今の食・・・
安全性の問題・食料自給率の問題・成人病の問題・・
色々な不安を抱えたままの食事。
30年代の住・・
新しい都市開発・ニュータウンの誕生
電化製品の普及にともなう新しい暮らしのスタイル
豊かな未来が待っていると確信していました。
今の住・・・
ニュータウンの高齢化・格差社会
核家族化による地域社会や家族との断絶感
明るいマイホーム像はどこへ。
こう考えてみますと
自由に一人でも不自由なく
楽しく生きていける道を模索するうちに
孤独で不安があふれる社会になってしまった
そんな気もいたします。
やはりここへきて重要なのは
人と人のコミュニケーションなのです。
さぁ、若者よ書を捨て街に出よ!
そうだ!テレビ・パソコン・エロゲーを捨て
街にくり出すのだ!!
男よ女を口説け!
女よ男を振り回せ!
好きでも嫌いでも
話をするのだ!
立ち上げれ男よ!!
ひっぱたけ女よ!!
と、・・・失礼
何の話でしたっけ?
<支配人>
世界的に環境問題へのとりくみが盛んに
なってまいりました。
とくに日本でも近々
世界会議がひらかれるせいか
にわかに、エコエコという声が
ほうぼうで聞かれるようになっております。
テレビでも
環境問題や、エコ活動をとりあげた
特別番組がガチャガチャと増えております。
画面の中で大騒ぎしている所を
少しみたのですが、
テレビを消すのが一番のエコ
という結論になり
電源を切ってしまいました。
テレビをはじめとする各メディアが
さかんにエコをとりあげるのは
第一にスポンサーがつきやすいからです。
この世界的な社会問題に
取り組んでいるという姿勢こそが
今の企業イメージ戦略の最優先であるためです。
これ以上、地球環境を破壊したくなければ
余計なものを作ったり、
売ったりしなければいいのですが
市場経済優先の世の中では
そうゆうわけにもいかないようで
結局、あらたな無駄づかいが
ふえている気がいたします。
そろそろ・・・
物質至上主義は卒業の時期です。
豊かな国でも貧しい国でも
心の問題が山積みです。
心の問題を第一に考えていけば
物にたよる価値観もかわり
貨幣に左右される生活もかわるのです。
アダムとイブから始まったこの世界。
もういちど原点にもどって
男と女、人と人の
関係からはじめてみれば
新しい未来が開けるはずです。
好きな人がいると
それだけで楽しくありませんか?
この人がいれば
他に何もいらないと
思ったことはありませんか?
この気持ちがずっと続くように・・
みんながお互いにそう思えるように・・
それが一番、大切なことなのです。
といったところで、
買い物に行ってくるとしますか。
えーと、野菜に肉にパンに・・
おっっ!
最新の携帯電話が出たんですね!
これは・・是非!
・・・戒めるべきは我なり
わかっちゃいるけどやめられない〜♪
をやめなくてはなのです・・・
<支配人>

衣裳部屋なるものが
当劇場にもございます。
この楽屋のおくに、
大きな全身うつし鏡があるのですが、
その中でございます。
この衣裳部屋に入るとき
その日の作品、キャラクターの
イメージを描きながら入ると
出てきたときは、
そのイメージの衣装に
着替えた状態で出てくるようになっています。
そこで、もう一度ふり返り
細かいところのチャックをします。
髪飾りがほしいとか
ここのそではもう少し長くて
フリルも少し付けたいと思えば、
そう思いながらもう一度
鏡の中に入るのです。
オートマティックな衣装がえで
たいへん便利なようですが、
演者のイメージしだいなので、
ちょっとやっかいなこともあります。
つまり、イメージがしっかり出来ている
場合はいいのですが、
あいまいのままだと、
なかなかしっくりした
衣装がきまりません。
例をもうせば、
典型的なのがMr.ダイアモンドです。
彼は、まぁ、ちょっと、
優柔不断とまでは行かないのですが
迷いがちなお方で
そりゃもう、出番まえになんども
鏡の出入りをしております。
ある意味コダワリが強いのでしょうが・・
困るのは、あまりに悩みすぎて
パニックになることがあるのです。
出番の時間にまにあわず、
混乱した彼が
上半身が宇宙人
下半身がバニーガールの
衣装で舞台に飛び出したこともありました。
なんにしても
事前のチャックが大切なようでございます。
<支配人>
みどりは目にいいといいますが、
健全なイメージでつかわれることが
多いようです。
たしかに、あざやかな色の木々を
ながめていると気持ちいいですし
世俗でにごった心を
浄化してくれるような気がします。
しかし、みどりだけの世界は
気持ち悪いでしょう。
全身みどり色の宇宙人は
定番のイメージでした。
森の奥深く、空もあまり見えないくらい
緑に囲まれると恐怖心さえ
うかんできます。
なんでも、そればっかりは飽きるし
そのものの主張にかこまれるのは
ダメなようです。
空のあお色とのコントラストや、
はい色のビルの中のみどり色だからこそ
すばらしいと思えるのです。
いつもクロばかり着ている
クールな女性がたまに
ピンクを着たり
原色ばかりのハデ好きな
大阪のお姉さんが
シックな色合いの服を
たまに着たり
簡単にできるアピールだけに
もっとやってほしいものです。
せいそな色合いの
たちいふるまいのじょせいが
ショッキングな色合いの下着だった時
男は感動と興奮につつまれながらも
母なる大地の
ふところの深ささえ
感じてしまうものなのです。
<支配人>
一番大事なものは自分
その次に大事なものが勉強
三番目に大事なものが恋人
そんな歌が70年代にありました。
今はどうでしょう?
一番大事なものが友達で
その次に大事なものが恋人で
三番目に大事なものが自分
昨今の
携帯コミュニケーションに
夢中になっている
青少年をみていると
そんなせつなさを感じます。
ちょっとまえ
本当にほんの少しだけまえまで
この国では
一番大切なものは天皇
その次に大事なものが国
三番目に大事なものは民族
でした。
大事なものって、時代によって変わるのです。
一番大切なものは愛
その次に大事なものが誠
三番目に大事なものは信念
などと、あいまいな理想を言っても
はじまりません。
企業の歯車になるか
社会のパラサイトになるか
国家のしもべになるか
思想の迷い子になるか
そんなところでしょう。
一番大事なものどうやってデートに誘うか
その次に大事なものは、どのホテルに誘い込むか
三番目に大事なものは、今までで一番気持ちいいか
なのです。
<支配人>